2026.06.01

語り、歩き、食べることでつながるー根羽村とイタリアの里山が持つ土着の知恵と恵みが交わった1日

2026年5月14日、長野県根羽村のグリーンハウス森沢に、海を越えたゲストが訪れました。イタリア・マルケ州に26年以上暮らし、北マルケの食文化・工芸を発信する林由紀子さんです。一般社団法人ねばのもりが主催したこの日のイベント「イタリアの里山と日本の里山をつなぐ1日」には、根羽村の住民を中心に約15名が参加。午前中の講演から、昼食、野草採り、そして夕食づくりと交流まで、朝から夜まで丸一日かけて、海を越えた2つの里山の暮らしを重ね合わせる時間となりました。

海を越えた里山の対話から問い直す足元の価値

林さんが暮らすのは、イタリア中部のアペニン山脈、ウルビーノ近郊の山間部。中世から続く城壁都市「ボルゴ」が丘の上に点在し、水や森林を共有財産として管理する「コムナンテ」という共同体の仕組みが今も息づく地域です。講演では、製薬会社を辞めて山に移り住み、植物のエネルギーそのものと向き合う薬草の知恵者・ロレーネさんのエピソードも紹介されました。「薬草というカテゴリーはない。雑草と呼ばれるものの中にも、薬として使えるものがある」という言葉に、自然をまるごと生活の中に取り込んできた土地の知恵が凝縮されていました。

講演後の対話では、「なぜイタリア人はあんなに地元を愛せるのか」という問いが参加者から上がります。林さんは、何百年も変わらない街並みという「原風景」、母親の料理が育む「食の記憶」、広場に集う習慣が生む自然なコミュニティ、の3つを挙げました。「自分の村が世界一、と本気で思っている」という言葉は笑いを誘いながらも、参加者にとってはどこか眩しく響いたかもしれません。話題はやがて文化継承へ。「家族に食べさせることと、文化の継承は同じではない」という言葉が場に静かに広がりました。

根羽村の山を歩き野草の知恵に触れる

午後は、幸山明良さんが山地酪農を行う山「ハッピーマウンテン」へ移動し、幸山さんを案内役に、根羽村の山の中での野草採りが始まりました。この日は生憎の雨模様で長時間の散策とはいきませんでしたが、それでも山に入ると足元には様々な植物が顔を出していました。

幸山さんが手に取りながら紹介してくれたのは、断面が真四角というシソ科の特徴を持つカキドオシ。爽やかな香りを持ち、乾燥させてハーブティーにして飲むことができます。血糖値を下げる効果があるとされ、東京などの都市部ではダイエット茶としても注目されているといいます。根羽村の山に普通に生えているものが、都会では「健康食品」として流通している。その落差が、参加者の間で小さな驚きを生みました。

ウドは皮を削いで白い部分まで取り除けば、その場で生のまま口にできます。そしてイラクサ。触れると痛みをもたらす棘を持つことで知られるこの植物ですが、ヨーロッパでは「ネトル」と呼ばれ、ハーブティーとして広く親しまれています。林さんが暮らすイタリアでも身近な野草であり、この日採ったイラクサはそのまま夕食のパスタ生地に使われることになります。参加者はそれぞれ採った野草の匂いを嗅ぎ、口にしながら感想を言い合いました。雨の中の短い時間でしたが、「知っている」と「食べられる」の間にある距離を、体を使って縮めていく時間となりました。

山の恵みとイタリアの知恵が一つの食卓に集まる

野草採りを終えた一行は、グリーンハウス森沢に戻り、夕食づくりへ。この日のメニューは、手打ちパスタ、鹿肉のミートソース、レンズ豆のスープ。林さんの指揮のもと、参加者全員で手を動かしながら、イタリアの家庭料理が根羽村の台所に再現されていきました。

パスタ生地には、午後の山で採ってきたイラクサを茹でて固く絞り、卵液と合わせて粉と練り込みます。「赤ちゃんのおしりのようになめらかになるまで」と林さんが言うほど丁寧に練り上げた生地を薄く延ばし、棒に巻きつけて乾燥させてから切り分けます。山で触れた植物が、食卓のパスタへと姿を変える過程に、参加者の目が集まりました。

ミートソースには根羽村で獲れた鹿肉を手刻みで使用。イタリアではセロリ・人参・玉ねぎのみじん切りを「ソフリット」と呼び、スープも煮込みもこの3種が味の土台になると教わりながら、参加者も包丁を握りました。山で採った野草、地元の鹿肉、そして海を渡ってきた食の知恵が一つの食卓に並んだ夕食となりました。

2つの里山が交わった先に

講演だけにとどまらず、山を歩き、手を動かし、一緒に食べるという流れが、イタリアと根羽村の里山を重ねる体験として設計されたこの1日。「ずっと住んでいると気づかないことも多い。移り住んだからこそ見える魅力がある」という林さんの言葉は、参加者自身への問いかけにもなった1日でした。土地に根ざした暮らしの知恵は、遠いイタリアの山の話ではなく、足元の根羽村にも確かに宿っています。

取材・執筆:魚住奈都子