2026.03.30
根羽村×信州大学農学部 調査報告・里山を開く会 開催レポート
2026年3月26日(木)、根羽村役場やまあいホールにて「根羽村×信州大学農学部 調査報告・里山を開く会」が開催されました。前半は信州大学農学部・農村計画学研究室(内川義行准教授・鏡平氏)による「輝く農山村事業」の調査報告、後半は参加者が地区エリアごとに分かれた「里山作戦会議」を行い、根羽村の里山をどう活かすかについてアイデアを出し合いました。

根羽には、「里山」がほとんどない
調査報告のなかで、内川先生からまず示されたのは少し意外なメッセージでした。「根羽村には、里山がほとんどない」——。
里山とは本来、人が利用することを前提に維持されてきた山です。薪を取り、山菜やキノコを採り、農業用水を引く。そうした暮らしとの往来のなかで、山と集落の間には適度に開けたゾーンが生まれていました。しかし調査の結果、根羽ではその「利用が前提の里山」がほとんど失われている実態がありました。
国土地理院の航空写真で50年前と現在を比べると、その変化は一目瞭然でした。かつて採草地や農地だった場所が山林に変わり、集落のすぐそこまで樹木が迫っています。山と集落の間にあったバッファゾーンがほとんど消え、日照時間の減少や冬場の路面凍結の溶けにくさなど、暮らしへの影響も出てきています。
空間だけでなく、利用も縮小していた

さらに調査は「食」「エネルギー(薪)」「水」の3軸から、里地里山の現在の利用実態を明らかにしました。
山菜やクルミ・椎茸といった食の利用は家族単位でまだ続いているものの、縮小傾向にあります。薪の調達は端材や古材が中心で、集落周辺の里山林から直接調達するケースは少ない状況です。農業用水の受益面積も2009年から2025年にかけて大きく減少しており、特に上流集落での利用中止が目立ちます。
空間が変容し(集落際まで山林に)、利用も縮小している(周辺林の利用が減り、家族単位では限界)——その両面から、「利用が前提の里山はほとんどない」という結論が導かれました。
では、根羽の里山をどう取り戻すか

それを踏まえて内川先生が示したのが、里山を再活用するための3つの視点です。①現存する利用(山菜採りや椎茸栽培など)を継承すること、②転換のための利用(針葉樹の薪利用など)を試みること、③将来に向けた新しい利用(食材採集の場づくりやバッファゾーンの整備など)を構想すること——この3層の積み重ねによって、「利用が前提の里山」を少しずつ再生していくという考え方です。
また報告の中では、能登半島地震の事例も紹介されました。孤立した集落が10日間を乗り越えられたのは、集落内に薪・湧水・保存食があったからでした。根羽村も矢作川の最上流に位置し、大規模災害時には孤立のリスクがあります。里山の自給力を高めることは、防災の観点からも重要だという話が共有されました。
地区ごとに分かれてアイデアを出し合う

後半は「里山作戦会議」として、参加者がそれぞれの住む地区エリアに分かれてグループワークを行いました。それぞれの地区の現状をふまえながら、里山をどう活かせるかについて話し合いました。
村での暮らしが長い方々からは、自らの幼少期の記憶と照らし合わせながら、里山が減少していることや樹木の成長による日照時間の減少などを肌で感じているという声が上がりました。また、先生方の話を聞いて、現在の事態の深刻さに少し驚いた様子も見られました。

印象的だったのは、根羽村の中でもエリアによって感じていることや課題感が違うことでした。農業や畜産がそれなりに栄えている地区では「食には困らないが電気には困る」という話が出る一方、ガソリンスタンドが近い町中のエリアでは「エネルギー面の心配はないが、水と食料をどうしよう」という議論になるなど、地区ごとの事情が浮き彫りになりました。

また、防災という観点から「昔からある暮らしの知識や技術をどう伝承していくか、あるいは改めて見つめ直すか」という話題も各地で上がりました。保存食や乾燥食品、薪を使った火起こしなど、かつての暮らしにあったものは今の根羽村では日常から少し離れたものになっています。いざというときに備えるための防災的な取り組みとして、そうした知恵を活かしていく必要があるという声が共有されました。
この場から次のステップへ

今回の会議は「まずは現状を把握したうえで、今後について考えてみる」というテーマで進みましたが、参加者のアンケートからは「ぜひ自分たちの地区で具体的に考えたいので、力を貸してほしい」といった声も上がりました。
里山の再利用・復活は難易度の高い取り組みですが、地区や地域が一体となって動くことで新たな形が見えてくる可能性を期待しています。
取材・執筆:nebane編集部